賢者の信は
うちは賢にして外は愚なり
愚禿が心は
内は愚にして外は賢なり愚禿鈔 親鸞

ご挨拶

当寺は、浄土真宗本願寺派(お西)のお寺です。
ご参拝は勿論、ご相談や見学もお気軽にお越しください。

私たちは、文明の発達により生活が豊かになった反面、
心が置き去りにされ、人と人との結びつきが弱くなり、
そのことが様々な問題を起こしています。
この問題を解決するには、
人間が人間として生きる道を今一度見つめ直す必要があると思います。
昌平寺では、宗祖親鸞聖人の教えに出逢い、
ひとりでも多くの人々が、人生を大切に、
そして心豊かに生きてほしいと思い
日々布教・伝道活動に取り組んでおります。
また、ご法事・お葬儀・墓苑・仏塔・ご仏壇・貸式場等仏事の
ご相談も昌平寺職員が親切、丁寧にお話をうかがいます。
なお、当寺では、門信徒様へのご寄付のお願いは
一切しておりませんのでご安心ください。

寺は心のよりどころ
 ・・・世界の平和を願って

当寺院は昭和58年4月28日に本堂が建立され、同年10月17日に第23代勝如上人(大谷光照師)ご門主をお迎えして昌平寺落慶法要を厳修しております。開基住職は広島県呉市から上京され武蔵野女子学院で教授をされていた小畑俊哲先生で、昨年のご命日(11月2日)に先生の生誕百周年記念追悼法要を開催しております。併せて先生と坊守を顕彰して、寺の離れ墓地の一等地に広島平和記念公園のオブジェを模した記念モニュメントを建立いたしました。

化学者であられた先生がこのお寺を開基された際に建立理念4本柱を発表されています。その一つに、宗教と科学の融合を掲げておられます。

この理念の背景には、人類が開発した核兵器の誤った使い方に対し、先生ご自身が広島の出身で安芸門徒でいらした故に深い思い入れがあったのではないかと推察されます。

10数年程前に小生が担当した葬儀の喪主の方で、東大宇宙科学研究所の元所長(西村純博士)から伺った話ですが、戦後まもなく原子爆弾を開発した米国の科学者オッペンハイマー博士が来日された折にご本人から西村氏が直接聞いた話では、“人類は制御できないものを開発してしまった“と話されていたそうです。このお話は小生にとっては衝撃的な内容で僧侶になってからの忘れられない体験談の一つになりました。

今年4月に正式にお披露目したモニュメントの周りには漸く芝の芽が出始めかなりのスペースが空いております。元々この場所には大きなソメイヨシノの大木が一本繁茂していましたが、高樹齢と中の腐食率が高く危険になってきたので昨年夏に伐採しております。その跡に、別の桜の苗木を植樹しようと思案していたところ、最近、原子力の平和利用技術で人工的に栽培された“仁科桜”(仁科芳雄博士:日本原子物理学の父)の存在を知り、近い将来にこの仁科桜の苗木を植樹する予定にしております。

広島、長崎での原爆被災者を追悼するとともに、今後の原子力の平和利用を願い、開基住職の意思を受け継いで、昌平寺の第一墓地の一等地に新たに建立したモニュメントに献花と参拝を継続していきたいと思っております。今後とも、この離れ墓地に参拝に来られたら、帰りがけには是非、開基住職と奥様である坊守とお二人で建立された第一本堂にも立ち寄りいただきまして、参拝していただければ有難く存じます。

今後とも、昌平寺共々宜しくお願い申し上げます。

令和8年6月7日
昌平寺第三代住職 太田道真

住職プロフィール

昌平寺第三代住職 太田道真

太田道真(おおた どうしん)

昭和23年5月
東京都武蔵野市生まれ。
昭和47年3月
慶応大学経済学部卒業。
昭和47年4月
(株)日本興業銀行入行。その後、国内業務、海外業務(ロンドン支店勤務)を担当し、平成9年5月名古屋支店の取引先に出向。カゴメ(株)の社外監査役を歴任し、平成22年6月に退任。

<昌平寺関係>

平成12年4月
昌平寺の監査役に就任(毎年の責任役員会に出席)。
平成22年8月
昌平寺に入寺(財務関係担当)。
平成23年4月
築地の東京仏教学院卒業。
令和5年4月
副住職就任。
令和6年4月
住職就任。

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